2018年10月03日

「学校の常識は世間の非常識」……ということもありますよね

私は

学校にある常識をいったん疑ってみる

という視点から投稿をしていきます。
これは、現役で奮闘されている教員を批判するものではありません。
それだけはご理解ください。

私は、「自分の力では無理」と尻尾を巻いて学校を飛び出した人間です。

それでも、一般教員と管理職を経験して
そして、学校を離れて
見えていた、見えてきたことを提案します。

「現実的ではない」「じゃあ、自分でやってみろよ」
ということもあるかもしれませんが、
新たな取組への気付きになれば幸いです。

① 担任がやっていること、それ必要ですか?
② 不要な会議、やめて困りますか?
③ 「やめる」「変える」でミニマムでスリムな学校に
③ 前例踏襲にならざるを得ない現実、そこからの脱却
④ 飾りじゃないのよ校長は
⑤ 学校は先生たちの私物ではない、もっと開放しよう


こんなプロットで毒を吐いていきます。

私が教員になりたての平成ひと桁の時代はパラダイスでした。
実際はどうか分かりませんが
「授業時数を守って」「教科書を最後まで」教えていれば問題はありませんでした。

それが今は
指導内容、指導方法も明確に示され
到達目標もあります
新たに導入しなくてはならない「◯◯教育」もあります。

だからこそ

今までやってきたから
子どもたちのためだから


という崇高な理念は、一旦横においておきましょう。

学校の取組の全てが「子ども達」のためであることは
全国すべての学校、すべての教員
がもっている理念であると信じています。

しかし、もう詰め込むのは限界です。

スクラップ&ビルドしましょう。

そのために、全ての活動を一度疑ってみましょう。
クリティカルシンキングです。

なにか別の方法、単純な仕組みが見つかると思います。

教員が健康で楽しく教育活動を行える日々が復活することを願って。



  


Posted by nori910 at 12:51Comments(0)